死刑判決も当然…植松聖の狂った発言・思想を時系列まとめ

2020年3月16日に死刑判決を言い渡された植松聖被告がいかにヤバい人間かがわかる発言や思想を、その生い立ちから時系列に沿ってまとめてみました。

2020年3月16日、相模原市の知的障害者施設で入所者19人を殺害した罪などに問われた植松聖被告に死刑判決が言い渡されました。

横浜地方裁判所は弁護側の主張を退け、被告の責任能力を認めた上で、動機の形成過程については「到底、認められないが、理解は可能だ」と指摘しました。

この記事では、植松聖被告の「これは死刑も当然だろう」という狂った思想と発言をまとめてみました。



植松聖が起こした相模原障害者施設殺傷事件とは?

相模原障害者施設殺傷事件

2016年(平成28年)7月26日未明に神奈川県相模原市緑区千木良476番地にあった神奈川県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」にて発生した大量殺人事件

元施設職員の男A(犯行当時26歳)が施設に侵入して所持していた刃物で入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた

殺害人数19人は、当事件が発生した時点で第二次世界大戦(太平洋戦争)後の日本で発生した殺人事件としてはもっとも多く、事件発生当時は戦後最悪の大量殺人事件として日本社会に衝撃を与えた


裁判では検察の求刑通り死刑判決

相模原市の知的障害者施設で入所者19人を殺害した罪などに問われた植松聖被告の裁判で、横浜地方裁判所は被告は事件当時責任能力があったと認めたうえで、「19人もの命を奪った結果ははなはだしく重大だ」として検察の求刑どおり死刑を言い渡しました

判決で横浜地方裁判所は、弁護士の主張を退け、事件当時、被告に責任能力があったと認めました。

唯一の争点だった責任能力の有無について、検察の主張に沿った判断が示された形です


死刑も当然…植松聖の狂った発言と問題行動まとめ

植松聖は一般的な家庭に育ち、中学校時代までは少々ヤンチャといった程度で、悪事に手を染めることもなかったのですが、高校時代から徐々に本性を表します。

植松容疑者の父は小学校教師、母はホラー漫画を描いていた漫画家

植松聖の過去を振り返ると、大量殺人に繋がる危険な発言が多いことがわかります。植松聖の生い立ちから半グレと交流しだし、事件を起こすまでの発言を時系列に並べ、徐々に狂っていった様子をまとめてみました。

中学時代

中学時代は熱心なバスケットボール部員で、勉強もできるほうだったという。だが、後輩の一人は、植松容疑者の別の側面に触れる。

「人気はあったけど、結構ワルだった。すごく不良というわけではないけど、キレたら怖い。机や椅子を蹴るとか、とにかく物に当たり散らし、手がつけられなくなる凶暴さが怖かった」

中学の同級生からは「明るい」「ムードメーカーだった」などの証言がありましたが、後輩からは暴力的な側面を指摘されています。この凶暴性が植松聖の本来の姿なのかもしれません。

高校時代

地元の小中学校から東京・八王子の私立高の調理科に進学したものの、同級生を殴るなどのトラブルを起こし、相模原市の高校の福祉科に転校した

高校時代は暴力事件を起こして退学処分となり、神奈川県立津久井高等学校(定時制)に転校するなど、徐々に暴力的になり、不良になっていきます。

大学時代

「親から『大学は行け』と言われ、彼は教員である父親の影響で帝京大の教育学部に進学しました。ところが、当時はやったクラブに出入りするようになり、悪い仲間とも付き合うようになりました。サトシは“強い人間”に憧れがあって、自分を強くみせようとして入れ墨やクスリなどに手を出すようになった。特に悪くなったのは大学卒業後です。半グレ集団とつるむようになり、まともな友人はどんどん離れていきました」(Aさん)

大学時代からは半グレ集団とツルみはじめ、刺青や大麻にも手を出すようになりました。

教員免許を取得したものの、採用されることはなかった。親しい友人には、「入れ墨があるからプールに入れなくて困った」とコボしている

当然ですね。逆に教員を目指して教員免許を取得したのに、なぜ刺青を入れてしまったのか、理解不能です。

並んでいるヤツ、全員ぶっ殺してやりますよ。だから彫ってくれ!

刺青にハマり、日本最大のタトゥーの祭典「キング・オブ・タトゥー」へ顔を出した際、人気店の行列が長く、彫師から断られた際、激昂してこのように発言したと言われています。すでに狂い始めていますね。

ヘタクソ! 殺してやる

怒り狂う植松聖被告を鎮めるために彫師が弟子に彫らせると、出来上がりに不満だったのか、「ヘタクソ! 殺してやる」と罵声をを浴びせました。

やまゆり園勤務時代

〈今日は身体障害の人200人ぐらいに囲まれて来たぜ〉〈みんな頭悪いぜ〉

植松聖のmixi日記から。大学卒業後、いくつかの職を転々とし、やまゆり園を運営する社会福祉法人「かながわ共同会」に非常勤として勤務するようになりますが、その当初から障害者への蔑視がありました。

障害者は死んだほうがいい

障害者の施設で働いておきながら、障害者への差別を隠そうともしない狂気の領域に足を踏み入れていきます。

障害者なんて生きていても無駄

事件を起こす約5か月前、2016年2月には「障害者なんて生きていても無駄」などと書いた文書をやまゆる園周辺の家庭に配布していたといいます。

「こらぁ、障害者のくせに」「いらねえんだよ」

やまゆり園の利用者である障害者に対して暴言を浴びせた様子が職員によって目撃されています。

宇宙からテレパシーが来る

2015年頃から過激な右翼思想、オカルト発言をするようになった言われています。

職員の少ない夜勤に決行致します

2016年には衆議院議長の大島理森氏あてに犯行予告を渡しています。犯行予告の中には「職員の少ない夜勤の時間を狙う」「2つの施設で260名を抹殺する」など具体的な犯行計画と「逮捕後は心神喪失で無罪とし、2年以内に釈放する事」「5億円の金銭を支援して自由な人生を遅らせる事」といった意味不明の要求も書かれていました。

重度障害者の大量殺人は、日本国の指示があればいつでも実行する

重度障害者は安楽死させるべきだ

やまゆり園の同僚に対して、意思疎通のできない重度障害者を抹殺すべきと真顔で語り、自体を重く見た施設が面談を実施し、その結果、津久井署に通報されてしまいます。その後、精神病院に措置入院するもすぐに退院しました。

「障害者なんていらねえ。国の税金の無駄だ」「障害者を殺す」「動けない、話せない障害者はごみ。もう自分でやるしかない。動かないから刃物でやれる。ただ、数が多いから大変だ」

2016年4月にはついに「殺す」という犯行を匂わせる発言をし始めます。この発言を聞いたバイク仲間の友人は以前と変わり果てた植松聖の姿・思想に驚いたと証言しています。

 

まとめ

植松聖容疑者のの狂った言動、思想を時系列に沿ってまとめてみました。

大学時代からおかしくなり始め、やまゆり園に勤務し始めた頃はすでに完全に狂っていたことがわかります。

日本でも死刑制度への批判が強まっていますが、ここまで狂った思想を貫き通して大量殺人を実行してしまう人間に対して、死刑以外にどんな罰を与えたらいいのか考えさせられてしまいます。


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